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| ワルキューレ die walkure |
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| 指揮者 | ヴィルヘルム・フルトヴェングラー | ヴィルヘルム・フルトヴェングラー |
| オーケストラ | RAIローマ交響楽団 | ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 |
| ジークムント | ヴォルフガング・ヴィントガッセン | ルートヴィッヒ・ズートハウス |
| ジークリンデ | ヒルデ・コネツニ | レオニー・リザネック |
| フンディング | ゴットローブ・フリック | ゴットローブ・フリック |
| ヴォータン | フェルディナント・フランツ | フェルディナント・フランツ |
| ブリュンヒルデ | マルタ・メードル | マルタ・メードル |
| フリッカ | エルサ・カヴェルティ | マルガレーテ・クローゼ |
| ヴァルトラウテ | ダグマー・シュメデス | ダグマー・シュメデス |
| ヘルムヴィーゲ | ユーディト・ヘリヴィック | エリカ・キース |
| オルトリンデ | マグダ・ガボーリ | ユーディト・ヘリヴィック |
| ゲルヒルデ | ゲルダ・シュライヤー | ゲルダ・シュライヤー |
| シュヴェルトライテ | ヒルデ・レッセル・マイダン | ルート・ジーベルト |
| ジークルーネ | オルガ・ベニングス | ヘルタ・テッパー |
| ロスヴァイゼ | イラ・マラニウク | ダグマ・ヘルマン |
| グリムゲルデ | エルサ・カヴェルティ | ヨハンナ・ブラター |
| プロデューサー | * | ローレンス・コリンウッド |
| ディレクター | * | * |
| レコーディング・エンジニア | * | フランシス・ディルナット |
| 録音年月日 | 1953年10月29日、11月3日、6日 | 1954年9月28日〜10月6日 |
| 録音場所 | ローマ・オーディトリオ・デ・フォロ・イタリーコ 放送用録音 |
ウィーン・ムジークフェラインザール |
| 初出 | EMI RLS702 |
HMV(EMI) ALP1257〜61 |
| 初出年 | 1972年 | 1955年 |
| CD | EMI CZS7671232 |
EMI CHS7630452 |
| レコード・メモ |
| 伝説のフルトヴェングラー/ローマの指環。 RAIによる放送を目的とした、舞台を伴わない演奏会形式の公演であった。詳細は神々の黄昏のページを参照 |
| 当録音について、上では挙げなかったが実際にはMRF41という非正規盤が初出だった。 ワルキューレの録音は、第1幕が10月29日、第2幕が11月3日、第3幕が11月6日の、計3晩で行われた。 録音は各公演前日の午前と午後、当日午前の3つのリハーサルと、本番の公演が録音され、翌日これらのテープからフルトヴェングラーとディレクターが放送用テイクを選んだ。 |
| フルトヴェングラーの白鳥の歌、ウィーンのワルキューレ |
| 1954年晩秋のウィーンでのこの録音は、HMV(現EMI)のフルトヴェングラーによる指環チクルスの最初の録音として行われたが、この録音の完了後、フルトヴェングラーは流感を患い、帰らぬ人となる。 永らく、このレコードの最終面(第10面)、またはヴォータンの告別から最後までの部分はカラヤンの指揮による補填録音が行われたという噂が繰り返されているが(ピーター・ピリー著「レコードのフルトヴェングラー」邦訳ではカットされているが、原書では二カ所に記されている)、フルトヴェングラー未亡人はこれを否定している。この噂の出所はEMIの「関係者」からと云われるが、未亡人の公開した、病床のフルトヴェングラーに届けられたEMI重役ビックネルの11月1日からの手紙には、そのような事態を推測させるような表現は見られない。「金曜日にコリンウッド氏と私はワルキューレの第1幕の大半と第3幕の終わりを聴きましたが、この録音が私の期待を上回るものであることを知りました・・・。」また、サム・シラカワはウィーン・フィル幹部オットー・シュトラッサーの証言として、このワルキューレのすべてのセッションに参加していたが、「そのようなことがあったなら間違いなく私が覚えているでしょう、そんなことはありませんでした」と否定していると記している。 |